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古川簡易裁判所 昭和33年(ろ)45号 判決 1960年5月11日

被告人 林昭一 外三名

主文

被告人遊佐直を罰金一万円に、同阿部進、同富山邁を各罰金五千円に処する。

右罰金不完納の被告人があるときは金二百五十円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は右被告人三名の連帯負担とする。

被告人林昭一は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人遊佐直は国有仙台鉄道管理局小牛田保線区石越分区長として同保線区所管の保線工事用資材を運搬するため鉄道路線上を運転するモーターカーの運転指揮者として、被告人阿部進、同富山邁の両名は右モーターカーの運転者として、いづれもその業務に従事中のものであるが、昭和三十二年十一月二十一日東北本線石越駅において上り一八八貨物列車が午後一時五十八分同駅発車後まもなく、構内中線に停車中の機関車二輛、台車二輛連結のモーターカーの一輛目機関車に被告人富山が、二輛目機関車に同阿部が、同遊佐は右富山の外側に乗車し、一旦南方に上りホーム附近の踏切道を横断して後退させ、構内の本線外砕石線に転線する目的で、時速四粁位で発車したが、発車するに際し、右モーターカーの停車位置はその台車後部から踏切道までわずか二十米位しかないので、発車後踏切通行者を発見し急停車の措置を構じても事故の発生を避けることが困難な状況にあつたので、かかる場合運転指揮者たる遊佐は遮断機の設置してある該踏切においては、遮断機が降下していないときは通行しても安全と信ずる踏切通行者がいつ線路内に入るやも知れない事情を考慮し、遮断機が完全に降下し踏切道の安全が確認されてから運転者に対し発車を命ずべく、又モーターカーの運転者たる阿部、富山の両名も前記状況の下においては運転指揮者から発車の命令があつても、前同様の配慮から遮断機が完全に降下され同所横断の安全が確認されてから発車する等、それぞれ事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにも拘らず、いづれもこれを怠り、右踏切遮断機が完全に降下しないうちに、漫然進行方向前方に障害物が見られないことを以てなんらの危険なしと軽信し、遊佐はモーターカーの発車を命令し、阿部、富山の両名はこれに従つて発車した結果、折から踏切道を西進通行中の稲を積んだ牛車を通過せしめるため、踏切警手林昭一が降下を中途で停止していた遮断機の下をくぐつて、突然踏切西側から東進して右牛車とすれ違つて踏切道内に進入して来た軽自動車に台車後部を衝突させ、因つて右自動車運転者木村正勝(当時三十二年)に対し加療二週間を要する右肩胛関節打撲捻挫等の傷害を加え、同乗者浜田義男(当時四十七年)をして頭部複雑陥没骨折による脳挫傷のため即死するに至らしめたものである。

(証拠)(略)

(適条)

刑法第二百十一条前段(それぞれ罰金刑選択)、第五十四条第一項前段(過失致死罪により処断)、罰金等臨時措置法第三条、第十八条第一項、刑事訴訟法第百八十二条

(弁護人の主張について)

弁護人は専用軌道上のモーターカーは列車に準じた取扱を受け、踏切を通過する際は無人踏切であると警手のいる踏切であるとを問わず遮断機の開閉に関係なく、運転者が現実に事故発生のおそれ換言すれば具体的危険なしと判断した時は該踏切を通過し得るもので、何人かが踏切を通過するに至るやも知れずとその発生を予想して特にそれに対処すべき注意義務はないもので、本件の場合には被告人三名が現実に事故発生の危険なしと判断し且つ発車時にはその危険なかりしものであるから、被告人等に過失の責任がないと主張する。時間厳守の必要ある汽車及び機動車の場合は弁護人の主張も肯定できるが、一般的にいかなる場合も専用軌道上ではモーターカーはこれ等に準じ同一に取扱うべき法規上の根拠はない。本件の如く駅構内に停車しておるモーターカーが他の線に転線するに際し時間的に相当の余裕がある時は種々の事情を考慮すべく汽車と同一に考えるべきではないと解する。(本件においては上り一八八貨物列車発車後次の上り列車発車まで二十八分もあつてその間に転線すれば足るのである)弁護人はその主張の根拠としてトロリー指揮者心得十九条、トロリー指揮者執務基準等を挙げているが、これ等は鉄道側の規定で鉄道運行の安全の方向から規定されたものであるし又これ等から直ちに具体的危険性がなければその後に発生した事故に無責任であるとの解釈は出てこないと解するので弁護人等の主張は排斥しなければならぬ。

(被告人林昭一に対する判断)

被告人林昭一に対する本件公訴事実は被告人林は石越駅に勤務し踏切警手の業務に従事中のものであるが、前記判示月日午後一時四十分頃、同駅助役千葉甚一から判示モーターカーを上り一八八列車が発車後砕石線に転線させることの電話連絡を受け、右列車発車後の同日午後二時頃、同駅東側の保線区線路班詰所内で転線待機中の被告人遊佐に対し、転線を開始すべき旨の合図をなすに当り、モーターカーの停車位置は踏切道と至近距離にある関係上、モーターカーの発車後においては踏切道上における事故の発生を防止すること困難な状況にあるので、踏切警手たるものは踏切遮断機降下前に前記転線の合図をすれば、モーターカーの運転者は直ちに同車を発車させ踏切道を横断し、踏切道通行者と衝突することあるべきを慮り、遮断機を完全に降下し踏切道横断の安全を確認してから転線合図をする等、事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り遮断機を降下することなく漫然右合図をなした結果、モーターカーは直ちに発車し、折から踏切西側から東進して来た軽自動車が被告人が降し初めた遮断機の下をくぐつて踏切道内に入り、モーターカーの台車後部と衝突し、因つて前記判示の如く浜田義男を即死せしめ、木村正勝に傷害を加えたというにある。

被告人林が遊佐等三名に対し為した合図が転線の合図であつたとの点を除くその他の前記記載事実は、前記判示証拠を総合してこれを認定するに十分である。林は公訴事実記載の頃遊佐等三名に対し「オー」と一回叫んだところ三名が線路班詰所から出て来てモーターカーに乗車し、自分に何等の合図もなく発車した。その前発車の準備をしていたので遮断機を降し初めたがモーターカー発車については合図はなかつた旨検察官作成の昭和三十三年十一月二十五日付林の供述調書で供述している。遊佐被告人はこの点について当公判廷でも林は転線しろと云つたと述べており、その時の林の言葉がいかなるものであつたかは不明であるが、林が呼びかけた時は遊佐等は詰所にいた事実と、林から合図があつてから五分位でモーターカーを発車したとの遊佐の当公判廷の供述及びモーターカーが発車し相なので遮断機を降し初めた旨の前記林の供述を綜合すれば、右合図は転線しろとの合図でなく、転線の準備をしろとの合図をしたものと解するのが妥当である。従つて遊佐等は今一度林の合図を待つて発車するか、自分の方で発車の合図をして林の応答を待つて発車すべきであつたのに、これをしないで発車したもので、事故の原因である発車は林と無関係に遂行されたものであり、林の公訴事実記載の合図と本件事故とは因果関係がないことになり、従つて林は本件事故については無責任といわねばならぬ。よつて刑事訴訟法第三百三十六条前段により被告人林に対し無罪の言渡をなすものとする。

(裁判官 秋山五郎)

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